清原和博容疑者に思うこと。

にしまつ歯科クリニック

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清原和博容疑者に思うこと。

  • 2016年02月8日

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こんにちは、にしまつ歯科クリニックの西松です。

2月らしい寒さはやっぱり続きますよね。

今週も気温が氷点下に近くなる日もあるそうです。

先日、元プロ野球選手の清原和博容疑者が覚せい剤所持で逮捕されました。

連行される映像を観た時、「やはり・・・」という思いと、「どうして」という感情が、ない交ぜになりました。

ボクにとって、同じ昭和42年生まれの彼は、「世代の象徴」ともいえる存在でした。

昨年夏のブログでも書きましたけど、高校時代、PL学園で1年生から4番を務めて、甲子園大会で通算13本のホームランを放った勇姿は、同じ年代の人たちにとっての「スーパーヒーロー」だったはずです。

「世の中にこんな高校生がいるのか・・・」、「これほど素晴らしい才能を備えた人は大きく羽ばたいていくんだろう」と、ある意味、「憧れの人物」として見ていました。

ドラフトで巨人軍に指名されず、涙の会見を経て、西武ライオンズに入団後も、1年目から常勝チームの主力として、期待通りの成績を残していきます。

ジャイアンツに勝って、日本一になる直前に人目はばからず泣いてしまったり、死球に激高して、相手ピッチャーに体当たりを見舞うなど、良くも悪くも「人間臭さ」が垣間見えたこともありました。

30歳前に、FAを行使して、夢だった巨人入りを果たすことができたのは、プロ野球という職場で結果を出してきた「ごほうび」だったと思います。

重圧が重くのしかかるジャイアンツで、肉体改造でライオンズ時代のスリムさがなくなって、徐々に「強面のオヤジ」に変わっていくなかで、ケガと戦いながら、2000本安打を達成しました。

巨人軍からの戦力外通告後、仰木監督に請われ、オリックスに移籍し、23年間の選手生活で500本以上の本塁打記録を残して、引退。

ここまででも、「清原和博劇場」を十分に観させてもらったわけなんですが、野球人でなくなった彼は、常識では考えらえない行動を何度も起こしていきました。

覚せい剤を使用することで、悩みや苦しみから逃げることができたのでしょうか・・・。

「刺青を入れた者でも、東京五輪の国際化でプロ野球の指導者になれる」、と暴論を展開していたそうですが、逮捕によって、それが実現することはなくなりました。

「高3の夏」の彼を、鮮明に記憶しているだけに、それから30年が経っての今回の出来事に、本当に寂しく、悲しい心境です。